Thompson gun

皆さんこんにちは。


今回は「トミーガン」「シカゴ・タイプライター」などの通称で知られるトンプソン・サブマシンガン。今回はそんなトンプソンSMGの誕生と軍に採用されるまでについて解説していこうと思います。

歴史

第一次世界大戦最中の1916年、ジョン・T・トンプソン元米陸軍大佐(後に復帰し准将として再度退役する)は「塹壕箒」(trench broom)と仮称される自動式小火器の設計に着手し、オート・オードナンス社を創業した。

元々の「塹壕箒」というアイデアは、すなわち「1人で持ち運べる機関銃」(a one-man, hand held machine gun.)というものであった。

当時の機関銃は大型かつ重量級の装備であり、軽機関銃といえども兵士が一人で操作できる存在ではなく、機械的な信頼性も低かった。そして機関銃は突撃する兵士に随伴して後方から援護射撃を加える事すら難しかった。しかし、塹壕戦の打開に必要とされていたのは、機関銃で強固に防衛された敵塹壕に対する肉薄および突破であり、これに用いる銃器には兵士が携帯できるサイズ・重量であることやフルオート射撃能力が求められた。

1917年に参戦した米軍でも、塹壕の突破を目的として軍用ショットガンや秘密兵器であるピダーセン・デバイスを量産・装備していた。また、同時期の米国ではジョン・ブローニングによってブローニングM1918自動小銃(BAR)の開発が進められていたほか、同時期にはドイツ帝国でも塹壕陣地の突破を任務とする突撃歩兵のためにMP18なる小型機関銃の開発が進められていた

1918年、「塹壕箒」のアイデアに沿ったパースエーダー(Persuader, 「説得者」、「言うことを聞かせるもの」の意) と呼ばれる試作銃が設計された。設計にはセオドア・エイコフ(Theodore Eickhoff)やオスカー・ペイン(Oscar Payne)らも携わった。

この試作銃はヨーロッパへ出荷するべくニューヨークに送られたものの、ニューヨークに到着した11月11日にはちょうど休戦協定が結ばれて世界大戦が終結していた。パースエーダーはベルト給弾式だったが、機関部が砂塵や泥汚れに弱いという欠点があった。そこで、これを箱型弾倉に改めたタイプが1919年に試作され、アナイアレーター(Annihilator, 「絶滅者」、「敵を打ち負かすもの」の意)と名付けられた。両製品は、ともにブリッシュ・ロック方式と呼ばれる遅延式ブローバック閉鎖機構を持ち、後のトミーガンの基本構成要素を備えていた。


Wikipedia トンプソン・サブマシンガン


第一次世界大戦後の禁酒法時代から第二次世界大戦にかけて有名なトンプソン・サブマシンガンですがその開発は第一次世界大戦から始まります。


第一次世界大戦で開発され、塹壕戦において猛威を振るった機関銃ですが当時の機関銃と言えば重く、持ち運びは困難なものであり、防衛戦闘において有効ではありましたが敵塹壕への肉薄・突破においては不向きでした。
makisimu
機関銃を語るうえで必要不可欠なマキシム重機関銃。見ての通り持ち運べるような銃ではありません。

当然そのような塹壕戦のためにアメリカにおいてはショットガンの投入や、既存ライフルの近距離戦用デバイス(ピターゼンデバイス)などが行われるに至りましたが、やはり携行できる小型の機関銃というものの需要が発生します。

そうして1918年、ジョン・T・トンプソンが開発したのがパースエイダーです。
Persuader

ベルト給弾機構のこの銃はヨーロッパへ出荷…しようとしたところ第一次世界大戦が終結、日の目を見ることはありませんでした。

そんなパースエイダーですがベルト給弾ゆえに砂塵や汚れなどに弱く、箱型弾倉へと改められます。
それがアナイアレイターです。
Annihilator
この時点で内外共に後のトンプソンサブマシンガンの基本的要素を備えていました。

そんな
アナイアレイターが開発される1年前には第一次世界大戦は周旋しますがトンプソンはこの銃の製品化に着手します。

M1919

最初の『サブマシンガン』
アナイアレーターが完成する前年に第一次世界大戦は終結していたが、トンプソンは念願の製品化に着手した。
このモデルは後年M1919と呼ばれているが、発売時の製品名は単にトンプソン・サブマシンガン(Thompson submachine gun)とされており、小型機関銃という意味合いで造語されたサブマシンガン(Submachine gun)という言葉が初めて使用された製品である。この言葉は後に「拳銃弾を使用するフルオート火器」の総称として世界的に使用されるようになった。また、宣伝上の理由から「サブマシンガン」という馴染みのない新しい用語よりも大衆の興味を引く製品名が必要とされた為、トミーガン(Tommy Gun)という愛称が考案された。トミーガンという語は米特許商標庁にて商標として登録され、いくつかの銃への刻印にも使われた。製造は精密機器メーカーのWarner & Swasey社が担当した。民生用のスポーツ銃として再設計されたこともあり、軍や警察からの注文はごく僅かであった。
M1919は.45ACP弾、.22LR弾、.32ACP弾、.38ACP弾、9x19mmパラベラム弾など各種の弾薬用に製造され、照星や銃床を持たないなど、デモンストレーション用/テスト用としての色彩が強い製品だった。トミーガンの特徴となった垂直フォアグリップは銃身下部に装着され、安定したフルオート射撃が可能だったが、発射速度は1,000発/分程度と高速だった。
1920年初頭、政府によるトミーガンのテストが決定する。1920年4月27日にスプリングフィールド造兵廠にて実施された予備性能試験においては、2,000発の射撃中に動作不良は1度のみという好成績を残した。この数ヶ月後には海兵隊のクワンティコ海兵隊基地で試験が行われ、同様に好成績を残している。

Wikipedia トンプソン・サブマシンガン

M1919_Thompson
M1919SMGはいくつかの試作モデルが作られ、そのうちの1つがのちのM1921へとつながる上写真のモデルです。


ここで一つ余談ですが上記の通りSMG(Submachine Gun)は小型機関銃、の意です。
対してドイツで開発され、後に多くの国のSMG開発に影響を与えたMP18のMPとは(Maschinen pistole)、つまり機関拳銃の意です。

両者「拳銃弾を連発する制圧火器」というコンセプトは同じですが開発の元をたどると機関銃を小型化するか、拳銃を大型化するか、という差があるのがわかります。

M1921
M1921

M1921はトミーガンとして最初に量産が行われたモデルである。銃身覆い(バレルジャケット)が廃止された点がM1919と比較した時の外見上の特徴で、以後のモデルはほとんどM1921のデザインを継承している。
富裕層向けの高級玩具としての色彩が強い製品であり、木部は美しく仕上げられ、各部品は高精度な切削加工で製造されていた。弾倉は20発/30発箱形弾倉のほかに50発用ドラム弾倉が用意され、連射レートは800発/分程度まで落とされていた。
1926年からは銃口部にカッツ・コンペンセイター(Cuts Compensator)と呼ばれるマズルブレーキの一種がオプションで装着できるようになり、フルオート射撃時のコントロールはより安定した。
1921年当時の販売価格は20発箱型弾倉付きで$225(現在の価格に換算して$2,600程度)であり、製造はコルト社が担当し、15,000挺ほどが生産された。オート・オードナンス社が想定したよりも売れ行きは緩やかで、この時コルト社が製造したトミーガンの在庫は第二次世界大戦直前まで残されていた。ベルギーとイギリスでは軍用銃としてテストが行われたが、採用には至らなかった。陸軍および海兵隊ではM1921の性能試験が行われ、良好な結果を残していたものの、第一次世界大戦後の軍縮の中で制式採用は見送られることとなる。売れ行きは緩やかなものであったが、商業的には成功を収めた。

Wikipedia トンプソン・サブマシンガン


そうして量産、販売に至ったM1921ですがあまりの高額さゆえに当初は多数の在庫を抱え込むに至りました。(のちに数度の値下げをしますがそれでも高額でした。)

軍、警察においても戦争終結後の軍縮傾向やそもそもSMGの戦術的価値を理解していない軍部には採用されず、分隊支援火器モデルとしてバイポッドなどを備え、強装弾薬を使用するM1923なども試作されましたが当時軍部はM1918BARに満足しており、採用には至りませんでした。

M1923tommy

また、販売当初は20連の箱型弾倉、50連のドラム型弾倉が用意されていました。
30連の箱型弾倉の登場は1942年に入ってからのことになります。


1926年頃からは特徴の一つである「カッツ・コンペンセイター」がオプションとして登場します。
このコンペンセイタ―は非常に優秀で、かなりの反動制御効果があるそうです。
kattu

制式採用ではなかったものの、海兵隊では数百丁のM1921を購入してニカラグア方面での作戦に投入したほか、郵便強盗対策に従事する海兵隊員によっても使用された。海軍でも揚子江における哨戒任務などに従事する船舶の船員用火器として購入している。
米国郵便公社の郵便監察局でも武装職員向けの装備として購入している。アメリカにおいて、郵便監察局はトミーガンを本格的に導入した最初の法執行機関である。トミーガンがギャングなどの間で普及して「犯罪者の武器」と認識され始めたのもこの時期である。連邦捜査局(FBI)や各地方の治安当局でも、こうした犯罪者に対抗するべくトミーガンの配備を進めた。
当時のM1921は民間人(この中にはトミーガンを有名にしたマフィア達も含まれていた)を主な購入者としており、1934年に規制されるまで購入に何らの制約も無く通信販売でも購入できたため、バナナ戦争における交戦相手のサンディーノ軍(ニカラグア)も、海兵隊と同様にM1921を装備していた。
Wikipedia トンプソン・サブマシンガン

そんなトンプソン・サブマシンガンの知名度を上げたのは当初顧客として売り込んでいた軍、警察などの法執行機関とは真逆のギャング・マフィアなどの勢力でした。

彼らはいち早くSMGの有用性に気づき、好んでトンプソンSMGを使用していました。
そんなことからトンプソンSMGは「犯罪者の武器」として認知され始め、その独特な発射音から「シカゴ・タイプライター」といった愛称で呼ばれるようになりました。

そうしてそれに対応すべく警察や連邦捜査局などでも運用が始まり…両者がトンプソンSMGで武装するに至りました。今じゃ考えられない泥沼ですね。

のちにこのトンプソンSMGはアメリカにおける銃器規制を行う原因となります。

1927年にはフルオート機能を廃したセミオートオンリーのM1927が発売。

M1921と見た目の違いはほぼなく…というか抱え込んだM1921の在庫を改造してM1927としたためM1921の刻印である"Thompson Submachine Gun"を一部削り取り、"Thompson Semi-Automatic Carbine"と改めて打刻し直されています。

警察などによって運用されましたが、フルオートに簡単に戻せてしまう構造だったため警察部内のM1927はほぼすべてがフルオート仕様だったそうです。

また、このM1927と同時に100連ドラムマガジンが発売になりました。デカい。
100round mag
100連(左)と50連(右)。デカい。

軍の採用
M1928
M1928

1928年、アメリカ海軍ではトミーガンの採用を計画するにあたり、M1921に何点かの改良を加えるように求めた。これに従い、発射速度を600発/分以下まで抑え、水平フォアグリップとカッツ・コンペンセイターを標準的に取り付けたモデルが設計された。このモデルが海軍M1928(U.S. Navy, Model of 1928)として採用された。オート・オードナンス社では、合計して500丁(うち340丁は以前販売したM1921)のトミーガンを海軍および海兵隊に納入した。M1928はかつてコルト社が製造したM1921を改修する形で製造された。「M1921」の刻印の末尾の「1」は上から「8」と打ち直されており、発射速度が落とされ、水平フォアグリップとカッツ・コンペンセイターが取り付けられている点を除けば、市販されていた製品と同等のものだった。オート・オードナンス社のカタログには、ネイビー・モデル(Navy Model)の商品名で掲載されていた。
一方、陸軍では依然としてトミーガンに強い関心を示していなかった。1920年代後半のアメリカ陸軍において、トミーガンは騎兵科の偵察車両や戦車の乗員向けに限定調達されているに過ぎなかった。当時、陸軍では騎兵・歩兵共用銃としての新型自動小銃(後のM1ガーランド)の開発が進められており、それを待たずにトミーガンを採用する必要性を認めていなかったのである。
第二次世界大戦の勃発後、M1928はフランス軍・イギリス軍・スウェーデン軍に採用された。フランス軍は3,750挺のM1928と3,000万発の弾薬を発注した。イギリス軍ではコマンド部隊などがこれを使用した。
M1928の納入価格は1939年頃で$209(現在の価格で$3,100程度・希少品となった現在では$20,000前後で取り引きされている)だったとされ、オート・オードナンス社の経営状態は好転した。

Wikipedia トンプソン・サブマシンガン


当然のことながらここまで使用されると軍部もSMGのその有用性に気づきました。

ですが軍で使用するには発射速度が速すぎるためその発射速度を毎分800発から毎分600発まで抑える改造が施されました。

上記の説明通りM1927と同様に以前製造したM1921の在庫を改造し作られたため、M1928はM1921と外見上の違いがほぼありません。


なおイギリス軍で用いられ、イギリス兵(トミー)の銃、という愛称である「トミーガン」はここからきています。


M1928A1

M1928 USMC

その後アメリカ軍部内ではトンプソンSMGは再評価され、正式装備としてM1928A1の名をつけられます。A1、とついていますが特に何が変わったわけでもなく名称のみの変更です。

採用に当たっては100連ドラム型弾倉は嵩張るとして採用が見送られ、20連箱型弾倉、50連ドラム型弾倉のみが支給されました。

このころになるとコルト社の製造したM1921の在庫が底をつき、サーベージ・アームズ社によるライセンス生産を開始します。そのため、戦時簡略化モデルとしてコンペンセイターのないモデルやリアサイトが簡略化されたモデルなどが存在します。
アメリカ軍で採用されたほか、戦時援助(レンドリース法)の下、イギリスやソ連などの連合国に広く供給されました。
その後、戦時簡略化モデルとしてトンプソンM1が採用されると1942年にはアメリカ軍の正式装備から除外されました。


動画


トンプソンSMGのトイガン
トイガン化されているトンプソンサブマシンガンはM1ばかりでM1921やM1928は希少です。

また、M1928として「M1のフレームにフィン付きバレルとフォアグリップをつけたキメラモデル」が販売されています。
雰囲気を楽しむだけならこれで充分ですがM1928とM1のフレームはもはや別物と言っても過言ではない代物なので、気になる方は避けたほうがいいでしょう。

あす楽対応/ARES トンプソン シカゴタイプChicago タイプ  電動ガン
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ARES トンプソン Chicago タイプ 電動ガン用 ドラムマガジン サバゲー,サバイバルゲーム,ミリタリー
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ARES トンプソン M1A1 タイプ 電動ガン用 マガジン サバゲー,サバイバルゲーム,ミリタリー
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CYMA電動ガン・トンプソンM1928シカゴタイプ ドラムマガジン
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こちらが俗にいう、「キメラモデル」です。M1921とM1が融合していますが雰囲気は十分で、何といっても価格もお手頃価格です。ただし、こちらは中国製品ですので要調整であることを念頭に置いておくべきです。






また、「動かなくてもいい」という方にはこちら。稼働部品もほとんどない文鎮モデルですがインテリアとしてなら鉄と木の存在感は十分です。


さて、いかがでしたでしょうか?今回はここまで、次回は戦時簡略化モデルであるM1について書いていこうと思います。本当なら一緒に書いてしまうつもりでしたが予想以上に長引いてしまったうえ、M1はいわば別物と言ってもいいモデルですので、分割とさせていただきます。