ミリタリーゆるふわ雑記欄

書きたいことを自由に書いてまとめる場所。 割と自由に銃や軍装について書いていきます。

    HK-SFP9_LSH
    皆さんこんにちは。

    今回はこの度自衛隊で正式採用の決まったH&K社のSFP9(VP9)について見ていこうと思います。


    概要
    さて、まずこの拳銃についてですがこの拳銃はドイツ、H&K社が開発したストライカー方式の拳銃で、同社のVP70P7に続く3番目のストライカー式拳銃になります。
    VP70
    ストックを取り付けることによってバースト射撃を行える特殊な構造を持った拳銃、VP70。
    バイオハザードに登場し、一躍有名になりました。
    P7
    前方にグリップセーフティを搭載したP7。


    ストライカー方式とは簡単に言えばハンマーが存在せず、内臓のスプリングで撃針をたたく方式の拳銃のことです。



    この方式にはメンテナンスが容易、命中精度が高い、引っかかりが少ないためファスト・ドロウに向いているなどの点があります。
    今回自衛隊の採用候補となっていた拳銃はすべてこの方式の銃でした。


    で、

    最初に触れてるけどSFP9(VP9)ってなんやねん、その()は?

    これは…販売名称の違いです。解りづれーな!
    アメリカ市場モデルVP9Volkspistole = 国民拳銃の意、ヴォルクスワーゲンとかと同じ意味ですね)のヨーロッパ向け販売名称としてSFP9Striker-Fire Pistolの頭文字)と、名称を変えて販売しているわけです。
    なので結局のところは同じ銃なわけですね。


    SFP9にはいくつかのモデルがあり、

    SFP9-SF(Special Forces)
     スタンダードモデル。
     トリガーストロークが短めでトリガープルが軽め。

    ・SFP9-TR(Technische Richtlinie)
     ドイツ警察向けモデル。
     トリガーストロークが長めでトリガープルが重め。

    ・SFP9-SF SD
     タクティカルモデル。
     サプレッサーが装着可能なように銃口にネジが切ってある。
     調整可能なLPAマッチサイトを装備。

    また、アメリカ市場向けモデルの.40S&Wを使用するSFP40もあります。

    VP9TAC
    SFP9-SFSDのアメリカ市場向けモデル、VP9タクティカル。

    欠陥の露呈と自衛隊の採用についての考察

    そんなSFP9ですがドイツのベルリン警察などで採用されています。
    採用当初、納入されたSFP9は数々の問題点が露呈、H&K社に返送されるといった事態も起こりました。その問題点とは

    「精密な射撃ができない、メーカーから再度修理済みとして送られてきた製品を使っても、正確な着弾点を設定するのに60発以上の弾を必要としている」
    「照準器、および弾倉が脱落する」


    といったものでした。

    もちろん、この出来事は2018年のこと。当然H&K社は改善に努めたのは言うまでもありません。
    ただし、2018年と言えば自衛隊における新拳銃トライアルも開始されており、SFP9用ホルスターの購入などが確認されています。
    新拳銃トライアルの候補は3挺で、

    まず一つ目はグロック社のG17
    el17g4

    ベレッタ社のAPX
    APX

    そしてH&K社のSFP9です。


    だれもがグロックになるといった…



    だが違った。


    採用実績のないAPXはまだしもグロックを差し置いて欠陥が露呈したSFP9をなぜ…?
    と思うかもしれません。
    これにはおそらくですが弾薬の整合性が関係しているものと考えられます。

    これは拳銃に限った話ではないのですが、同盟国と同じ規格の弾薬を使用する銃を使用する。というのはよくある話であり、日本もNATO連合の規格として小銃弾でいえば5.56×45mm弾、拳銃弾でいえば9×19mm弾を採用しています。

    ただし、この”同じ規格”は「一応使えるぜ」というレベルのものです。
    つまりは各国様々な銃を採用しているのだから各々は「自国の採用する銃で最も高い効果を発揮できるように弾薬に調整を加えている」ということです。

    実際日本は89式小銃用弾薬として「5.56㎜普通弾」を採用していますが
    アメリカ軍ではM4カービンに合わせた「M855A1」を採用しています。

    どちらも発射は可能ですが最適なポテンシャルを発揮するにはそれぞれを使う他ありません。


    今回の拳銃についても”国産拳銃弾”に適した銃をトライアルした結果、SFP9が最適と判断されたのではないでしょうか?


    動画



    SFP9のトイガン
    UMAREXからガスブローバックガンが発売されています。
    また、カスタムパーツも発売されておりSFP40へのカスタムも可能…ですが、そのカスタムパーツは金属製です。限りなくグレーなアイテムになってしまうのでお勧めしません。

    UMAREX ガスブローバックハンドガン本体 HK VP9 Tactical JPバージョン GRAY エアガン 18歳以上 サバゲー 銃
    UMAREX ガスブローバックハンドガン本体 HK VP9 Tactical JPバージョン GRAY エアガン 18歳以上 サバゲー 銃VFC UMAREX HK VP9 ガス マガジン BK サバイバルゲーム 銃 パーツ サバゲー 銃
    VFC UMAREX HK VP9 ガス マガジン BK サバイバルゲーム 銃 パーツ サバゲー 銃
     
    Amazon、現在ノーマルモデルは在庫切れ状態です。

    いかがでしたでしょうか?
    調べてもドイツ警察の欠陥ニュースばかり出てきて困惑した方も多いことと思います。
    ですが実際に撃った方の感想はどれも「気持ち悪いくらい当たる」というものでした。
    自衛隊で運用が開始されるのが楽しみですね。

    M1Thompson
    皆さんこんにちは。

    前回のあらすじ!…はないのでこれ、読んで。




    とは、言いますが読まなくても大丈夫です。

    というわけで今回はトンプソンサブマシンガン、その中でも後期に生産された戦時簡略化モデルであるM1/M1A1について解説していこうと思います。

    概要とM1928との違い

    M1928 USMC

    さて、そんなこんなでようやく軍部の理解と、次なる世界大戦の勃発により需要が増したトンプソンサブマシンガンは連合国に供給されることとなりました。
    ですがやはり戦争に投入するとなるとM1928は、軍用としてはあまりにも手間がかかりすぎるものでした。
    水平フォアグリップ化やリアサイトの簡略化なども行われましたがそれでもやはり製造には手間のかかるものでした。

    でも需要は増すわけです。現実は非情なり。

    そこでさらなる簡略化と…内部機構に問題がないわけでもなかったので改良が行われました。


    • 工数がかかり、信頼性も低かったブリッシュ・ロック式閉鎖機構の替わりに、ボルトの重量を増やしたシンプル・ブローバック式に変更された。
    • 銃身に装着されていたコンペンセイターや放熱フィンが廃止された。
    • ストックの固定を直接ネジ止め方式に変更し、弾倉装着部のスリットを無くしてドラム弾倉は使用できないよう変更された。
    • コッキングハンドルを上面から右側面にずらした。
    …まずは写真で見比べてみましょうか
    M1928_M1
    上記の説明通り、放熱フィン・コンペンセイターの省略、コッキングハンドルの位置が上から側面に移されたのがわかると思います。
    それ以外の点について、細かく見ていきましょう。


    ブリッシュロック方式とは摩擦遅延方式とも呼ばれ、文字通り金属同士の摩擦を用いてボルトの後退速度を遅らせる機構のことです。

    M1以前のトンプソン(M1921など)にはこの機構が採用されており、内部にはH型の真鍮製ロッキングピースが配置されており、このロッキングピースに摩擦がかかることでボルトの後退を遅延させるものでした
    Blish-Lock_
    写真中央のH型のパーツがロッキングピース。ボルトの溝にはまり、摩擦を発生させていました。

    ですがこの機構には欠点があり、当然摩擦の力を受け止めるロッキングピースは射撃のたびに多大な負荷がかかり、その上比較的柔らかい金属である真鍮であったこともあり、定期的な交換を必要としていました。

    そんな問題を抱えるブリッシュロック方式をブローバックの基本ともいえるシンプルブローバック方式へと変更しました。

    これと、コッキングハンドルの変更によってフレーム自体の形状も変更されているのがわかると思います。


    次にストックについてですが…
    sutokku
    M1928はスリットの差し込みにより、ストックがワンタッチで取り外し可能でした。当然、手間がかかるので省略。

    magazine

    また、M1928では配置されていたドラムマガジン用の横溝を省略。これによってドラムマガジンは使用できなくなりました。

    しかしドラムマガジンは戦場においては通常の箱型マガジンに比べ構造が複雑で汚れに弱く、また装弾にも手間がかかるといった点から不要と判断されたのでしょう。

    また、これを補うため同時に30連の箱型弾倉が採用されました。


    以上のように簡略化されたM1でしたが、これでも生産性が低いと判断され、最終的には内部機構の撃針を固定したM1A1へとさらなる簡略化が行われました。

    そんなM1/M1A1は大量に生産、投入され、「悪人の銃」と言われたトンプソンサブマシンガンは連合軍の侵攻とともに「世界を救った正義の銃」へと認識されるに至りました。


    さて、そんな簡略化をしたトンプソンでしたがそれでも他国のSMGと比べると生産に手間がかかる銃であることには変わりなく…結果としてはプレス加工を多様したM3SMGへと主力の座を譲ることとなりました。
    M3


    …退役したとは言ってないぞ?


    第二次世界大戦後もトンプソンSMGは用いられ、朝鮮戦争、ベトナム戦争においても自衛用火器としてアメリカ軍に用いられました。

    また、アメリカの支援を受けたいくつかの国でも使用されており、中国、フランス軍、南ベトナム軍、そして日本の自衛隊においてもトンプソンSMGは使用されました。

    Viet M1

    ベトナム戦争においてはストックを取り外し、コンパクトに改造されたモデルがよく確認されます。
    また、トンプソンSMGはフランス軍経由で北ベトナム勢力にも使用され、ベトナム国内において生産も行われました。

    動画




    トンプソンM1/M1A1のトイガン
    言うまでもなく多数のメーカーから電動ガンが発売されています。
    We-Techからはガスブローバックも。お好みでお選びください。










    専用のスリング、マガジンポーチもどうぞ。

    Thompson gun

    皆さんこんにちは。


    今回は「トミーガン」「シカゴ・タイプライター」などの通称で知られるトンプソン・サブマシンガン。今回はそんなトンプソンSMGの誕生と軍に採用されるまでについて解説していこうと思います。

    歴史

    第一次世界大戦最中の1916年、ジョン・T・トンプソン元米陸軍大佐(後に復帰し准将として再度退役する)は「塹壕箒」(trench broom)と仮称される自動式小火器の設計に着手し、オート・オードナンス社を創業した。

    元々の「塹壕箒」というアイデアは、すなわち「1人で持ち運べる機関銃」(a one-man, hand held machine gun.)というものであった。

    当時の機関銃は大型かつ重量級の装備であり、軽機関銃といえども兵士が一人で操作できる存在ではなく、機械的な信頼性も低かった。そして機関銃は突撃する兵士に随伴して後方から援護射撃を加える事すら難しかった。しかし、塹壕戦の打開に必要とされていたのは、機関銃で強固に防衛された敵塹壕に対する肉薄および突破であり、これに用いる銃器には兵士が携帯できるサイズ・重量であることやフルオート射撃能力が求められた。

    1917年に参戦した米軍でも、塹壕の突破を目的として軍用ショットガンや秘密兵器であるピダーセン・デバイスを量産・装備していた。また、同時期の米国ではジョン・ブローニングによってブローニングM1918自動小銃(BAR)の開発が進められていたほか、同時期にはドイツ帝国でも塹壕陣地の突破を任務とする突撃歩兵のためにMP18なる小型機関銃の開発が進められていた

    1918年、「塹壕箒」のアイデアに沿ったパースエーダー(Persuader, 「説得者」、「言うことを聞かせるもの」の意) と呼ばれる試作銃が設計された。設計にはセオドア・エイコフ(Theodore Eickhoff)やオスカー・ペイン(Oscar Payne)らも携わった。

    この試作銃はヨーロッパへ出荷するべくニューヨークに送られたものの、ニューヨークに到着した11月11日にはちょうど休戦協定が結ばれて世界大戦が終結していた。パースエーダーはベルト給弾式だったが、機関部が砂塵や泥汚れに弱いという欠点があった。そこで、これを箱型弾倉に改めたタイプが1919年に試作され、アナイアレーター(Annihilator, 「絶滅者」、「敵を打ち負かすもの」の意)と名付けられた。両製品は、ともにブリッシュ・ロック方式と呼ばれる遅延式ブローバック閉鎖機構を持ち、後のトミーガンの基本構成要素を備えていた。


    Wikipedia トンプソン・サブマシンガン


    第一次世界大戦後の禁酒法時代から第二次世界大戦にかけて有名なトンプソン・サブマシンガンですがその開発は第一次世界大戦から始まります。


    第一次世界大戦で開発され、塹壕戦において猛威を振るった機関銃ですが当時の機関銃と言えば重く、持ち運びは困難なものであり、防衛戦闘において有効ではありましたが敵塹壕への肉薄・突破においては不向きでした。
    makisimu
    機関銃を語るうえで必要不可欠なマキシム重機関銃。見ての通り持ち運べるような銃ではありません。

    当然そのような塹壕戦のためにアメリカにおいてはショットガンの投入や、既存ライフルの近距離戦用デバイス(ピターゼンデバイス)などが行われるに至りましたが、やはり携行できる小型の機関銃というものの需要が発生します。

    そうして1918年、ジョン・T・トンプソンが開発したのがパースエイダーです。
    Persuader

    ベルト給弾機構のこの銃はヨーロッパへ出荷…しようとしたところ第一次世界大戦が終結、日の目を見ることはありませんでした。

    そんなパースエイダーですがベルト給弾ゆえに砂塵や汚れなどに弱く、箱型弾倉へと改められます。
    それがアナイアレイターです。
    Annihilator
    この時点で内外共に後のトンプソンサブマシンガンの基本的要素を備えていました。

    そんな
    アナイアレイターが開発される1年前には第一次世界大戦は周旋しますがトンプソンはこの銃の製品化に着手します。

    M1919

    最初の『サブマシンガン』
    アナイアレーターが完成する前年に第一次世界大戦は終結していたが、トンプソンは念願の製品化に着手した。
    このモデルは後年M1919と呼ばれているが、発売時の製品名は単にトンプソン・サブマシンガン(Thompson submachine gun)とされており、小型機関銃という意味合いで造語されたサブマシンガン(Submachine gun)という言葉が初めて使用された製品である。この言葉は後に「拳銃弾を使用するフルオート火器」の総称として世界的に使用されるようになった。また、宣伝上の理由から「サブマシンガン」という馴染みのない新しい用語よりも大衆の興味を引く製品名が必要とされた為、トミーガン(Tommy Gun)という愛称が考案された。トミーガンという語は米特許商標庁にて商標として登録され、いくつかの銃への刻印にも使われた。製造は精密機器メーカーのWarner & Swasey社が担当した。民生用のスポーツ銃として再設計されたこともあり、軍や警察からの注文はごく僅かであった。
    M1919は.45ACP弾、.22LR弾、.32ACP弾、.38ACP弾、9x19mmパラベラム弾など各種の弾薬用に製造され、照星や銃床を持たないなど、デモンストレーション用/テスト用としての色彩が強い製品だった。トミーガンの特徴となった垂直フォアグリップは銃身下部に装着され、安定したフルオート射撃が可能だったが、発射速度は1,000発/分程度と高速だった。
    1920年初頭、政府によるトミーガンのテストが決定する。1920年4月27日にスプリングフィールド造兵廠にて実施された予備性能試験においては、2,000発の射撃中に動作不良は1度のみという好成績を残した。この数ヶ月後には海兵隊のクワンティコ海兵隊基地で試験が行われ、同様に好成績を残している。

    Wikipedia トンプソン・サブマシンガン

    M1919_Thompson
    M1919SMGはいくつかの試作モデルが作られ、そのうちの1つがのちのM1921へとつながる上写真のモデルです。


    ここで一つ余談ですが上記の通りSMG(Submachine Gun)は小型機関銃、の意です。
    対してドイツで開発され、後に多くの国のSMG開発に影響を与えたMP18のMPとは(Maschinen pistole)、つまり機関拳銃の意です。

    両者「拳銃弾を連発する制圧火器」というコンセプトは同じですが開発の元をたどると機関銃を小型化するか、拳銃を大型化するか、という差があるのがわかります。

    M1921
    M1921

    M1921はトミーガンとして最初に量産が行われたモデルである。銃身覆い(バレルジャケット)が廃止された点がM1919と比較した時の外見上の特徴で、以後のモデルはほとんどM1921のデザインを継承している。
    富裕層向けの高級玩具としての色彩が強い製品であり、木部は美しく仕上げられ、各部品は高精度な切削加工で製造されていた。弾倉は20発/30発箱形弾倉のほかに50発用ドラム弾倉が用意され、連射レートは800発/分程度まで落とされていた。
    1926年からは銃口部にカッツ・コンペンセイター(Cuts Compensator)と呼ばれるマズルブレーキの一種がオプションで装着できるようになり、フルオート射撃時のコントロールはより安定した。
    1921年当時の販売価格は20発箱型弾倉付きで$225(現在の価格に換算して$2,600程度)であり、製造はコルト社が担当し、15,000挺ほどが生産された。オート・オードナンス社が想定したよりも売れ行きは緩やかで、この時コルト社が製造したトミーガンの在庫は第二次世界大戦直前まで残されていた。ベルギーとイギリスでは軍用銃としてテストが行われたが、採用には至らなかった。陸軍および海兵隊ではM1921の性能試験が行われ、良好な結果を残していたものの、第一次世界大戦後の軍縮の中で制式採用は見送られることとなる。売れ行きは緩やかなものであったが、商業的には成功を収めた。

    Wikipedia トンプソン・サブマシンガン


    そうして量産、販売に至ったM1921ですがあまりの高額さゆえに当初は多数の在庫を抱え込むに至りました。(のちに数度の値下げをしますがそれでも高額でした。)

    軍、警察においても戦争終結後の軍縮傾向やそもそもSMGの戦術的価値を理解していない軍部には採用されず、分隊支援火器モデルとしてバイポッドなどを備え、強装弾薬を使用するM1923なども試作されましたが当時軍部はM1918BARに満足しており、採用には至りませんでした。

    M1923tommy

    また、販売当初は20連の箱型弾倉、50連のドラム型弾倉が用意されていました。
    30連の箱型弾倉の登場は1942年に入ってからのことになります。


    1926年頃からは特徴の一つである「カッツ・コンペンセイター」がオプションとして登場します。
    このコンペンセイタ―は非常に優秀で、かなりの反動制御効果があるそうです。
    kattu

    制式採用ではなかったものの、海兵隊では数百丁のM1921を購入してニカラグア方面での作戦に投入したほか、郵便強盗対策に従事する海兵隊員によっても使用された。海軍でも揚子江における哨戒任務などに従事する船舶の船員用火器として購入している。
    米国郵便公社の郵便監察局でも武装職員向けの装備として購入している。アメリカにおいて、郵便監察局はトミーガンを本格的に導入した最初の法執行機関である。トミーガンがギャングなどの間で普及して「犯罪者の武器」と認識され始めたのもこの時期である。連邦捜査局(FBI)や各地方の治安当局でも、こうした犯罪者に対抗するべくトミーガンの配備を進めた。
    当時のM1921は民間人(この中にはトミーガンを有名にしたマフィア達も含まれていた)を主な購入者としており、1934年に規制されるまで購入に何らの制約も無く通信販売でも購入できたため、バナナ戦争における交戦相手のサンディーノ軍(ニカラグア)も、海兵隊と同様にM1921を装備していた。
    Wikipedia トンプソン・サブマシンガン

    そんなトンプソン・サブマシンガンの知名度を上げたのは当初顧客として売り込んでいた軍、警察などの法執行機関とは真逆のギャング・マフィアなどの勢力でした。

    彼らはいち早くSMGの有用性に気づき、好んでトンプソンSMGを使用していました。
    そんなことからトンプソンSMGは「犯罪者の武器」として認知され始め、その独特な発射音から「シカゴ・タイプライター」といった愛称で呼ばれるようになりました。

    そうしてそれに対応すべく警察や連邦捜査局などでも運用が始まり…両者がトンプソンSMGで武装するに至りました。今じゃ考えられない泥沼ですね。

    のちにこのトンプソンSMGはアメリカにおける銃器規制を行う原因となります。

    1927年にはフルオート機能を廃したセミオートオンリーのM1927が発売。

    M1921と見た目の違いはほぼなく…というか抱え込んだM1921の在庫を改造してM1927としたためM1921の刻印である"Thompson Submachine Gun"を一部削り取り、"Thompson Semi-Automatic Carbine"と改めて打刻し直されています。

    警察などによって運用されましたが、フルオートに簡単に戻せてしまう構造だったため警察部内のM1927はほぼすべてがフルオート仕様だったそうです。

    また、このM1927と同時に100連ドラムマガジンが発売になりました。デカい。
    100round mag
    100連(左)と50連(右)。デカい。

    軍の採用
    M1928
    M1928

    1928年、アメリカ海軍ではトミーガンの採用を計画するにあたり、M1921に何点かの改良を加えるように求めた。これに従い、発射速度を600発/分以下まで抑え、水平フォアグリップとカッツ・コンペンセイターを標準的に取り付けたモデルが設計された。このモデルが海軍M1928(U.S. Navy, Model of 1928)として採用された。オート・オードナンス社では、合計して500丁(うち340丁は以前販売したM1921)のトミーガンを海軍および海兵隊に納入した。M1928はかつてコルト社が製造したM1921を改修する形で製造された。「M1921」の刻印の末尾の「1」は上から「8」と打ち直されており、発射速度が落とされ、水平フォアグリップとカッツ・コンペンセイターが取り付けられている点を除けば、市販されていた製品と同等のものだった。オート・オードナンス社のカタログには、ネイビー・モデル(Navy Model)の商品名で掲載されていた。
    一方、陸軍では依然としてトミーガンに強い関心を示していなかった。1920年代後半のアメリカ陸軍において、トミーガンは騎兵科の偵察車両や戦車の乗員向けに限定調達されているに過ぎなかった。当時、陸軍では騎兵・歩兵共用銃としての新型自動小銃(後のM1ガーランド)の開発が進められており、それを待たずにトミーガンを採用する必要性を認めていなかったのである。
    第二次世界大戦の勃発後、M1928はフランス軍・イギリス軍・スウェーデン軍に採用された。フランス軍は3,750挺のM1928と3,000万発の弾薬を発注した。イギリス軍ではコマンド部隊などがこれを使用した。
    M1928の納入価格は1939年頃で$209(現在の価格で$3,100程度・希少品となった現在では$20,000前後で取り引きされている)だったとされ、オート・オードナンス社の経営状態は好転した。

    Wikipedia トンプソン・サブマシンガン


    当然のことながらここまで使用されると軍部もSMGのその有用性に気づきました。

    ですが軍で使用するには発射速度が速すぎるためその発射速度を毎分800発から毎分600発まで抑える改造が施されました。

    上記の説明通りM1927と同様に以前製造したM1921の在庫を改造し作られたため、M1928はM1921と外見上の違いがほぼありません。


    なおイギリス軍で用いられ、イギリス兵(トミー)の銃、という愛称である「トミーガン」はここからきています。


    M1928A1

    M1928 USMC

    その後アメリカ軍部内ではトンプソンSMGは再評価され、正式装備としてM1928A1の名をつけられます。A1、とついていますが特に何が変わったわけでもなく名称のみの変更です。

    採用に当たっては100連ドラム型弾倉は嵩張るとして採用が見送られ、20連箱型弾倉、50連ドラム型弾倉のみが支給されました。

    このころになるとコルト社の製造したM1921の在庫が底をつき、サーベージ・アームズ社によるライセンス生産を開始します。そのため、戦時簡略化モデルとしてコンペンセイターのないモデルやリアサイトが簡略化されたモデルなどが存在します。
    アメリカ軍で採用されたほか、戦時援助(レンドリース法)の下、イギリスやソ連などの連合国に広く供給されました。
    その後、戦時簡略化モデルとしてトンプソンM1が採用されると1942年にはアメリカ軍の正式装備から除外されました。


    動画


    トンプソンSMGのトイガン
    トイガン化されているトンプソンサブマシンガンはM1ばかりでM1921やM1928は希少です。

    また、M1928として「M1のフレームにフィン付きバレルとフォアグリップをつけたキメラモデル」が販売されています。
    雰囲気を楽しむだけならこれで充分ですがM1928とM1のフレームはもはや別物と言っても過言ではない代物なので、気になる方は避けたほうがいいでしょう。

    あす楽対応/ARES トンプソン シカゴタイプChicago タイプ  電動ガン
    あす楽対応/ARES トンプソン シカゴタイプChicago タイプ  電動ガン

    ARES トンプソン Chicago タイプ 電動ガン用 ドラムマガジン サバゲー,サバイバルゲーム,ミリタリー
    ARES トンプソン Chicago タイプ 電動ガン用 ドラムマガジン サバゲー,サバイバルゲーム,ミリタリー
    ARES トンプソン M1A1 タイプ 電動ガン用 マガジン サバゲー,サバイバルゲーム,ミリタリー
    ARES トンプソン M1A1 タイプ 電動ガン用 マガジン サバゲー,サバイバルゲーム,ミリタリー

    CYMA電動ガン・トンプソンM1928シカゴタイプ ドラムマガジン
    CYMA電動ガン・トンプソンM1928シカゴタイプ ドラムマガジン
    こちらが俗にいう、「キメラモデル」です。M1921とM1が融合していますが雰囲気は十分で、何といっても価格もお手頃価格です。ただし、こちらは中国製品ですので要調整であることを念頭に置いておくべきです。






    また、「動かなくてもいい」という方にはこちら。稼働部品もほとんどない文鎮モデルですがインテリアとしてなら鉄と木の存在感は十分です。


    さて、いかがでしたでしょうか?今回はここまで、次回は戦時簡略化モデルであるM1について書いていこうと思います。本当なら一緒に書いてしまうつもりでしたが予想以上に長引いてしまったうえ、M1はいわば別物と言ってもいいモデルですので、分割とさせていただきます。







    AKM

    皆さんこんにちは。
    本日は先日東京マルイからGBBの発売も発表されたAK47の改良型であるAKMについて、AK47との違いなどを比べながら紹介していきたいと思います。

    概要

    AKM(エーケーエム、アフトマート・カラーシュニコヴァ・モデルニジーロヴァンヌイ、露: Автомат Калашникова Модернизированный、ラテン文字転写:AK Modernizirovannyj、「近代化カラシニコフ自動小銃」の意)は、AK-47の改良型である。

    AK-47開発時には技術不足からプレス加工の採用が取り止められたが、1954年には十分に技術が成熟したとしてプレス加工のレシーバーを用いる新型アサルトライフルの開発が始まった。この際にも複数の設計局から様々な設計案が提出されたが、最終的にソ連軍が選んだのはカラシニコフの設計案だった。1957年に試作型がソ連軍に提出され、トライアルの結果、1959年に制式化された。
    Wikipedia AK-47


     当初、AK47開発時にフレーム製造に用いられたプレス加工ですが技術不足により強度不足、コストが切削加工よりもかかるという問題点からAK47のⅠ型で用いられたプレス加工はⅡ型より切削加工に変更されます。
    1950年代にはその問題はクリアされ、AK47を更新する新型自動小銃(アブトマット)としてその他いくつかの改良を施したAKMが誕生しました。



    改良点は以下の通りで

      • レシーバー(機関部)がプレス加工と切削加工部品をリベット接合する方式で製造され、生産性大幅向上と同時に、重量3,290gと軽量化にも成功。プレス加工の弱点を補い強度を確保するため、レシーバー各所にリブを追加している。弾倉口近くに設けられた長方形の窪みは、小型化されたうえで横長の楕円形に変更された。連射速度安定化のため、レートリデューサーをシア部分に内蔵。
      • 銃口(マズル)について、試作型ではAK-47と同形状であったが、量産型では銃口(マズル)部分に、発砲時の燃焼ガスが斜め右上に逃げるよう竹槍状に切り落とした形状のマズルブレーキを増設し、発射時の反動で銃口が上を向かないよう改良された。これは、カラシニコフが前線視察に行った際、兵士の意見を参考に取り入れたものである。これによって全長が898mm、銃身長436mmとAK-47より若干伸びた。
      • AK-47では、銃剣取り付け用のラグがなかったため、不自然な方法で取り付けられていたが、AKMでは銃剣用ラグを設けられ、取り付けが容易となった。この銃剣ラグは、のちに開発されたGP-25などのグレネードランチャーが取り付け可能となっている。
      • AKM用銃剣として採用された6kh3は、多機能銃剣のはしりと言えるモデルで、バックソーや鞘と組み合わせて使用するワイヤーカッターを持つ。更にこのモデルを改良した6kh4が登場し、後にAK-74用の銃剣としても採用された。
      • 初期は、AK-47と同じ合板製グリップと金属製弾倉であったが、後に赤茶色のベークライト製グリップと、オレンジ色のベークライト製弾倉を採用した。グリップにはチェッカリングが付けられ、表面が滑らかだった合板製よりも握り易くなっている。これらの部品は、AK-47のものと共用可能。
      • 生産性や使用環境を考慮し、銃床とハンドガードは従来と同じ合板製を採用。ただし、改良されており、AK-47では若干傾斜していた銃床を、銃身軸線の延長線上に銃床が位置する直銃床として、フルオート射撃時のリコイルによる銃身の跳ね上がりを抑制している。下部ハンドガードについては、リブを追加してホールドし易くした他、レシーバーとの接点にあったスチールブロック部分を廃止し、直接レシーバーと接合している。
      • リアサイト(照門)に刻まれている射程の目盛りが、AK-47の800mから、1,000mまでの対応と増加した。
      • 後部スリングスイベルをAK-47 III型のレシーバー左側面から、銃床下面に移動。1970年代に入って生産されたものは、銃床左側面の下部に変更され、これは後に生産されたAK-74でも踏襲されている。
        Wikipedia AK-47

    …と言ってもわかりづらいのでそれぞれの写真を見比べてみましょう。

    AK47
    AKM 1
    上がAK47、下がAKMです。
    こうしてみると結構違いが判るのではないでしょうか?
    比較してわかる違いは以下の通りで
    • フレームがプレス加工に変更されたため、強度確保のための溝の位置が違う
    • 銃口は斜めにカットされており、反動を上方向に逃がし銃口の跳ね上がりを抑制する
    • ストック、ハンドガードには合板を使用しているため特徴的な模様が出ている。
    • ストック、ハンドガード形状が変更され、ストックは連射に適した直線的なものに、ハンドガードは握りやすいようにリブが設けられた。
    • グリップが木製から握りやすいスリムな形状の樹脂製(ベークライト製)に変更された。
    • スリングの取り付け位置が変更された
    といった点が違うのがわかるかと思います。
    また、AK47には銃剣を取り付けるための着剣装置がなく半ば無理やり取り付けていたのですが、AKMより着剣装置が設けられました。

    AK46
    6kh4
    AK47用の銃剣である6kh2(上)と、AKM用の銃剣である6kh3(下)。

    6kh2銃剣は大戦中に使用されたセミオートライフルであるSVT-40用銃剣を改良したもので、着剣装置が存在しないAK47は銃身基部の段差と銃身を用いて取り付けるのに対し、6kh3銃剣はしっかりとした着剣装置が設けられているため、形状が違うのがわかると思います。

    また、6kh3銃剣は改良型の6kh4銃剣も含め、AKMの改良型であるAK74にも用いられました。


    そしてもう一つ、AKMの特徴と言えば後期に新たに採用された樹脂製マガジンでしょう。
    このマガジンはグリップと同様のベークライトが用いられ、金属製のマガジンに比べて軽量になりました。
    このマガジンは当然ながらAK47系統でも使用が可能です…が、AKMで使用したほうが似合っているのは当然のことでしょう。
    AKM Mag


    そんなAKMですが、AK47の陰に隠れてしまいいまいちどんなシチュエーションで使われているのかわからない…そう思ってませんか?
    そんなAKMですがAK47とともに中東諸国の軍隊や民兵組織、テロリストなどに用いられているだけではなく、現在でもAK74系列の5.45㎜弾よりも威力のある火器としてロシア軍の特殊部隊や第2線部隊で運用されています。
    AKM 3
    AKM shiria
    AKM
    AKM JGSDF
    ↑中華人民解放軍よりAKMを借りる陸上自衛隊、中央即応連隊の隊員

    AK47ほど古くなく、正規軍の装備としても用いられているAKMはAK47以上の汎用性を秘めているといっても過言ではないライフルと言えます。
    つまりサバイバルゲームにおいてはAKMが1挺あればどのような装備でもあってしまう万能火器なわけです。

    また、そんなAKMもAK47と同様に旧共共産圏下において他国におけるライセンス生産が行われました。

    PM md.63
    ルーマニアでライセンス生産されたモデルです。ハンドガードに設けられたフォアグリップが特徴で、AKMと同じく、中東などで見かける機会の多い銃です。

    pm63_v1
    MPi-KM
    東ドイツにてライセンス生産されたモデルです。
    ハンドガード、ストックが樹脂製なのが特徴で、特徴的なすべり止めが施されているのが特徴です、グリップもAKMとはことなったチェッカリングが施されています。
    ハンドガード下部は耐熱の関係から末期型に至るまでは木製でした。
    MPi KM


    動画
    (動画はルーマニア製ライセンスモデルのPM md.63)



    AKMのトイガン
    AKMのトイガンですが最初触れたとおり、東京マルイでGBBの発売が予定されています。
    ですが、ガスブローバックとは別に電動ガンも買って…一年中AKM…なんていうのも悪くないかもしれません。


    とくにLCTについては実銃と見間違うほどのクオリティ。一説には加工跡を見るに実銃工場で生産されているのではないかともいわれています
    東京マルイのGBBが我慢できない?なら結構、GHKのGBBがあります。…実射性能は保証しませんが





    ご一緒に実物関連パーツもいかがでしょうか?


    …というわけでいかがでしたでしょうか?よくAK47とまとめられてしまう銃ですがAK47とはまた違ったカッコよさがあるはずです。

    Sa80a1

    皆さんこんにちは。前回



    ということでイギリスの伝説的なライフルを紹介しました。

    では今回は現在イギリス軍の正式採用銃であるL85(SA80)について見ていこうと思います。


    …で、ちょっと銃をかじって知識のあるそこのあなた!L85と言えば

    ジャムおじさん
    弾の出る鈍器
    重い娘(物理)


    とかとか…まぁ悪い話しか基本聞かないイメージ、あると思います。
    まぁそれはひとまず置いといて…基本的な情報から見ていきましょう。

    概要

    1985年、XL70(XL64の改良型)をベースに、L1A1およびL2A3と更新する形で採用された。当初は5.56mm弾を参考に開発した独自規格の4.85x44mmまたは4.85x49mm弾を使用する予定だったが、結局は5.56x45mm NATO弾を採用した。ブルパップ方式を採用し、発射機構は銃の最後部に収められ、全体のコンパクト化を図っている。また、本体はスチールプレス加工、ハンドガードやグリップ部分はプラスチックを使用し、優れた生産性・耐久性を持ちながら生産当時としては低コスト化に成功している。 特筆すべき構造上の特徴として、後に自動小銃のスタンダードとなるフリーフローティング・バレルをいち早く採用しており、ステアーAUGやFAMASなどのブルパップライフルも含めた当時の自動小銃の中では非常に高い精度を有する点が挙げられる。

    メカニズムはAR-18をベースとしており、STANAG マガジンを使用できる。また、命中精度を高めるために取り外し可能なSUSAT光学照準器を備えている。SUSATの上面には光学照準器が破損した場合に備えて、非常用の照星と照門が設けられている。SUSATを使用しない場合は後付けのフロントサイトと、固定式リアサイトを搭載した着脱式キャリングハンドルを装着する。コッキングレバーと排莢口は右側面に設けられており、銃を左肩に構えて射撃することは考慮されていない。排莢口の後方には開口部を保護するための手動防塵カバーがあり、手で閉じられたカバーはボルトとコッキングレバーが後退すると再び開く。クロスボルト式の安全ボタンは引き金の上方に、セミオート・フルオート切換レバーはレシーバー左側面にあり、それぞれ別個に操作する必要がある。 
    Wikipedia L85


    とつまり当初正式バトルライフルであったL1A1(FN FAL)と正式SMGであったL2A3(スターリングSMG)を置き換える目的で開発されました。

    ライフルの置き換えはともかく…SMGも?と思うかもしれませんが閉所戦闘から野戦まで幅広く対応するアサルトライフルは事実SMGの立ち位置を確実に奪っていきました。
    …まぁ、第二次大戦後にライフル、SMG、カービン、分隊支援火器までのすべてをM14で補おうとしたアメリカなんかに比べたらよっぽど現実的です。

    L1A1
    L1A1
    L2
    L2A3

    開発

    1960年代後半、イギリスでSLRの更新が検討され始めた。7.62x51mm弾はイギリスが理想としたものに比べて強力すぎ、フルオート連射時の反動の大きさから自動小銃に適した小銃弾ではないと考えられていた。第二次世界大戦や朝鮮戦争での戦訓を検討した結果、新型小銃弾の最大射程は400m程度が最適とされた。1970年、エンフィールド造兵廠に対し、陸軍火器総監は1971年末までに以下の事項について研究を完了するよう命じた。 

    1976年6月14日、NATOにおける新たな標準小銃弾の検討が始まる1年前、新型小銃弾4.85x49mm弾を用いる新型火器のシステムが発表された。この時に公開されたプロトタイプの評判は良好だったため、国防省では同システムが問題なく採用され、また4.85x49mm弾がNATO標準弾に採用されることを期待した。しかし、当時すでにアメリカや一部の同盟国が採用していた5.56x45mm(M193弾)が有力な候補とされ、これを元にベルギーで設計されたSS109弾が新たなNATO標準弾として採用されることとなった。
    Wikipedia L85


    開発に際しては7.62mmを使用するSLR(つまるところL1A1)が強力すぎるために小口径の新型小銃弾を開発の上、新小銃を開発する流れとなりました。それでイギリスは独自の4.85×49mm弾を開発、NATOの標準弾薬に採用されるよう、期待をかけます。

    …でもまぁ、むりだよね。

    開発が行われた1960年代後半から1970年代といえば、冷戦真っただ中。アメリカはベトナムにおいて新型小銃であるM16を全軍配備していました。
    世界の警察たるアメリカもうすでにが新型小銃を配備し、その弾薬として5.56㎜弾を使用していた。…これもう覆せると思う?うん、それ無理☆

    かくしてイギリスの4.85㎜弾はアメリカのごり押しによって闇に葬られました…


    で、ここからはそんな経緯で開発されたL85の欠陥について見ていこうと思います。

    L85の欠陥

    1985年の配備開始直後から、L85について多数の欠陥が指摘された。

    • コッキングレバーが右側にあり、両利き用が望ましいとする目標は達成されなかった。
    • SUSAT照準器を取り付け銃弾を装填したL85は、L1A1と比較しても80gほど軽いのみで、重量はほとんど変わらなかった。
    • ブルパップ方式レイアウトに加え、SUSAT照準器の位置、軽量な樹脂製フォアグリップなどの要因から、重心が後方に寄りすぎており、フルオート射撃時の反動が非常に大きかった。
    • 照準時のアイポイントが高く、遮蔽物からの射撃時にも大きく身体を晒す必要があった。
    • 引き金が固く、射撃精度に悪影響を与えた。
    • 左側面に設けられたセレクターレバーおよびマガジンリリースの操作時、ピストルグリップから手を離す必要があった。また、マガジンリリースは銃を胸の前に構えた時、誤って押されることもあった。
    • スリングは射撃時に役に立たなかった。
    • LSWのショルダーバットストラップは位置が高く、役に立たなかった。
    • LSWは交換可能な銃身や弾帯給弾などのオプションがないため、支援能力が限られていた。

    暴発の危険性や発射速度の低下なども指摘されていたほか、1978年時点で320ポンドと想定されていた調達費用は、1983年4月時点で523ポンド(SUSAT照準器込みで799ポンド)まで膨らんでいた。それ以外にも多数の欠陥や部品破損の報告があったものの、兵器委員会では十分優れた火器であるとの報告がまとめられていた。 
    Wikipedia L85


    SA80がジャムを起こさせる原因は多い。SA80のボルトにはコッキングレバーが直接取り付けられており、これが発射の際に激しく前後運動する事になる。そして、SA80のレバーは同じような構造のAK-47と違って配置も悪く、排出された薬莢がこのコッキングレバーに当たってしまう。その結果、排莢スピードが妨げられるだけでなく、薬莢が排莢口に挟み込まれ、最悪の場合は孔の中に跳ね戻ったりしてしまう。当然、それは作動不良を引き起こす。また、マガジンの信頼性が非常に低かった。SA80のマガジンは弾薬を押し出すためのスプリングが弱く、ほとんどの兵士は装填を28発以下に留めていた。それでも弾薬は途中で止まってしまい、装填不良の原因となった。また、マガジン挿入口を広く取ったのは良いが、マガジンキャッチのスプリングが貧弱で、マガジンが自重によって滑り落ちてしまう事もあった。

    この結果、発射と同時に装填と排莢がどちらも正しく行われず、弾薬が薬室に送り込まれる段階で噛み合って止まってしまったり、或いは薬莢が機関部の中に戻ってしまったりして、作動不良を引き起こした。コッキングレバーを動かして手動で排莢したりマガジンを入れ直して撃てれば良し、フィールド・ストリッピングでも直らず、最悪機関部が破損して工場送りになる事も珍しくなかったと言われている。

    実際、改修前のL85はイギリス軍に配備されてすぐに多くのトラブルが発生しており、幾多の大小規模の改造を経てL85A1となるが、それでも、問題解決には至らなかった。後述の大改修前にクウェートで行われた試験では平均99発毎に作動不良を起こしたとのことである。

    そのため、イギリス陸軍特殊部隊SASではL85ではなく、アメリカ軍のM16シリーズ、或いはそのライセンス生産品であるカナダのディマコC7を使用していたことが知られている。
    Wikipedia L85

    以上の通り、実際に配備されると多数の欠陥が露呈しました。
    改修を施しA1となるも結局は改善せず、結局はドイツのH&K社が改修を請け負うこととなります。

    SUSAT
    搭載されていたSUSAT照準器。レティクルが無駄にデカく見づらい。

    さらなる改修、脱ポンコツ。

    SA80A1はそれまでに幾多の改良を加えられたにもかかわらずトラブルはなくならず、これらの致命的なトラブルを解決するため、軍用銃の開発・製造で実績のあるヘッケラー&コッホ(H&K)社が改修作業を請け負うことが決定した。H&Kがイギリスの航空機メーカーであるブリティッシュ・エアロスペース(BAe)の一部門、ロイヤル・オードナンスに買収されていた時期である。

    H&Kが改修を施した200挺のテストは成功裏に進み、9,200万ポンド(約150億円)を投じて20万挺のSA80A1を改修する契約が結ばれた。これは、1挺あたり実に7万5千円にもなり、ドイツ連邦軍などで採用されているH&KのG36ライフルの新品1挺とほぼ同じ(無論、イギリスがG36を輸入、或いはライセンス生産した場合に掛かる費用などは除く)額になる。

    改良箇所は以下の通り。

    • ロッキングシステムのヘッドにエキストラクターネイルを追加。
    • ファイアリングピンをややテーパーのついた形状に変更。
    • コッキングハンドルの変更による薬莢の戻りを解消。
    • ガスシステム周りをよりクリアランスの大きなものに。
    • H&K HK416と同じような信頼性の高いスチール製マガジンの採用。

    また、作動不良の解消とは関係ないが、ライフルグレネードからの転換としてL123A2 グレネードランチャーを使用できるようになった。装着の際、SA80のハンドガードは取り外され、グレネードランチャーと一体のものに置き換えられる。

    その他にも様々な改良を加えた結果、作動不良の回数は平均25,200発に1回と、劇的に低下した。

    こうした改修の結果SA80A2ができた。これをイギリス軍はL85A2として採用している。


    として多額の資金投入により無事、ダメな娘を脱却しました。

    したんです。

    なので本当なら欠陥ライフルとか、ダメな娘、なんてレッテルはもうつかない…はずなんです。
    過去を清算するのは…むずかしいね。

    また、2009年以降からは近代化改修も施されており

    ハンドガードをレイルシステム搭載のRISハンドガードに変更
    高額照準器をSUSATからTrijicon ACOG
    またはElcan SpecterOS4x に変更
    フラッシュハイダーの変更
    マグプル社製EMAGの採用(2011年頃より)


    といった変更点があります。

    L85A2
    近代化改修を受けたL85A2
    Emag
    マグプル社のEMAG

    また、2017年にはさらに近代化改修を施したL85A3のプロトタイプが登場。軽量化、Keymodシステムなどを採用し、カラーもダークアースカラーへと変更されています。イギリス軍は既存のL85 5000挺ほどを改修し少なくとも2025年まで運用すると発表しています。

    SA80A3
    SA80A3(L85A3)


    さて、ここまでを見てきてこう思った方も多いのではないでしょうか?

    …いや、金かけすぎじゃね?


    その通りです。改修にかかった資金だけで新規小銃の導入は余裕で行えます。ではなぜ意地でもこのL85を使い続けるのか?
    おそらくはコンコルド効果ではないでしょうか?

    コンコルド効果とは、簡単に言えば「開発にめっちゃ金かけちまったぜもう無駄にできねぇ」という「埋没費用効果」の別名です。音速旅客機のコンコルドからこの別名がつきました。

    L85を開発するにあたって、新規自動小銃を開発することになったイギリスは多額の資金を開発費用として投入しました。それなのに別の銃に乗り換えてしまったらこの開発にかかった資金が無駄になってしまう。
    以上の点から、今日までに続く改修と継続運用につながったのではないでしょうか?

    …あくまでも憶測ですが。

    動画
    ジャムってる動画?見たことあるでしょ?ここは景気いいのでも見ようや



    L85(SA80)のトイガン



    ICS 電動ガン L85-A2 ICS-085
    アイシーエスエアソフト(I.C.S airsoft)



    海外各社より電動ガン、ガスブローバックガンのA1,A2、そして分隊支援火器モデルのL86が発売されています。
    実銃のようにまともに戦えないなんてこともないでしょうし、使用者も決して多くはないですからフィールドでは目立つこと間違いなしです!


    いかがでしたでしょうか?
    L85は今はダメな娘じゃない!ということが少しでも多くの人に知っていただけたら幸いです。

    このページのトップヘ