ミリタリーゆるふわ雑記欄

書きたいことを自由に書いてまとめる場所。 割と自由に銃や軍装について書いていきます。

    アメリカ

    M1Thompson
    皆さんこんにちは。

    前回のあらすじ!…はないのでこれ、読んで。




    とは、言いますが読まなくても大丈夫です。

    というわけで今回はトンプソンサブマシンガン、その中でも後期に生産された戦時簡略化モデルであるM1/M1A1について解説していこうと思います。

    概要とM1928との違い

    M1928 USMC

    さて、そんなこんなでようやく軍部の理解と、次なる世界大戦の勃発により需要が増したトンプソンサブマシンガンは連合国に供給されることとなりました。
    ですがやはり戦争に投入するとなるとM1928は、軍用としてはあまりにも手間がかかりすぎるものでした。
    水平フォアグリップ化やリアサイトの簡略化なども行われましたがそれでもやはり製造には手間のかかるものでした。

    でも需要は増すわけです。現実は非情なり。

    そこでさらなる簡略化と…内部機構に問題がないわけでもなかったので改良が行われました。


    • 工数がかかり、信頼性も低かったブリッシュ・ロック式閉鎖機構の替わりに、ボルトの重量を増やしたシンプル・ブローバック式に変更された。
    • 銃身に装着されていたコンペンセイターや放熱フィンが廃止された。
    • ストックの固定を直接ネジ止め方式に変更し、弾倉装着部のスリットを無くしてドラム弾倉は使用できないよう変更された。
    • コッキングハンドルを上面から右側面にずらした。
    …まずは写真で見比べてみましょうか
    M1928_M1
    上記の説明通り、放熱フィン・コンペンセイターの省略、コッキングハンドルの位置が上から側面に移されたのがわかると思います。
    それ以外の点について、細かく見ていきましょう。


    ブリッシュロック方式とは摩擦遅延方式とも呼ばれ、文字通り金属同士の摩擦を用いてボルトの後退速度を遅らせる機構のことです。

    M1以前のトンプソン(M1921など)にはこの機構が採用されており、内部にはH型の真鍮製ロッキングピースが配置されており、このロッキングピースに摩擦がかかることでボルトの後退を遅延させるものでした
    Blish-Lock_
    写真中央のH型のパーツがロッキングピース。ボルトの溝にはまり、摩擦を発生させていました。

    ですがこの機構には欠点があり、当然摩擦の力を受け止めるロッキングピースは射撃のたびに多大な負荷がかかり、その上比較的柔らかい金属である真鍮であったこともあり、定期的な交換を必要としていました。

    そんな問題を抱えるブリッシュロック方式をブローバックの基本ともいえるシンプルブローバック方式へと変更しました。

    これと、コッキングハンドルの変更によってフレーム自体の形状も変更されているのがわかると思います。


    次にストックについてですが…
    sutokku
    M1928はスリットの差し込みにより、ストックがワンタッチで取り外し可能でした。当然、手間がかかるので省略。

    magazine

    また、M1928では配置されていたドラムマガジン用の横溝を省略。これによってドラムマガジンは使用できなくなりました。

    しかしドラムマガジンは戦場においては通常の箱型マガジンに比べ構造が複雑で汚れに弱く、また装弾にも手間がかかるといった点から不要と判断されたのでしょう。

    また、これを補うため同時に30連の箱型弾倉が採用されました。


    以上のように簡略化されたM1でしたが、これでも生産性が低いと判断され、最終的には内部機構の撃針を固定したM1A1へとさらなる簡略化が行われました。

    そんなM1/M1A1は大量に生産、投入され、「悪人の銃」と言われたトンプソンサブマシンガンは連合軍の侵攻とともに「世界を救った正義の銃」へと認識されるに至りました。


    さて、そんな簡略化をしたトンプソンでしたがそれでも他国のSMGと比べると生産に手間がかかる銃であることには変わりなく…結果としてはプレス加工を多様したM3SMGへと主力の座を譲ることとなりました。
    M3


    …退役したとは言ってないぞ?


    第二次世界大戦後もトンプソンSMGは用いられ、朝鮮戦争、ベトナム戦争においても自衛用火器としてアメリカ軍に用いられました。

    また、アメリカの支援を受けたいくつかの国でも使用されており、中国、フランス軍、南ベトナム軍、そして日本の自衛隊においてもトンプソンSMGは使用されました。

    Viet M1

    ベトナム戦争においてはストックを取り外し、コンパクトに改造されたモデルがよく確認されます。
    また、トンプソンSMGはフランス軍経由で北ベトナム勢力にも使用され、ベトナム国内において生産も行われました。

    動画




    トンプソンM1/M1A1のトイガン
    言うまでもなく多数のメーカーから電動ガンが発売されています。
    We-Techからはガスブローバックも。お好みでお選びください。










    専用のスリング、マガジンポーチもどうぞ。

    Thompson gun

    皆さんこんにちは。


    今回は「トミーガン」「シカゴ・タイプライター」などの通称で知られるトンプソン・サブマシンガン。今回はそんなトンプソンSMGの誕生と軍に採用されるまでについて解説していこうと思います。

    歴史

    第一次世界大戦最中の1916年、ジョン・T・トンプソン元米陸軍大佐(後に復帰し准将として再度退役する)は「塹壕箒」(trench broom)と仮称される自動式小火器の設計に着手し、オート・オードナンス社を創業した。

    元々の「塹壕箒」というアイデアは、すなわち「1人で持ち運べる機関銃」(a one-man, hand held machine gun.)というものであった。

    当時の機関銃は大型かつ重量級の装備であり、軽機関銃といえども兵士が一人で操作できる存在ではなく、機械的な信頼性も低かった。そして機関銃は突撃する兵士に随伴して後方から援護射撃を加える事すら難しかった。しかし、塹壕戦の打開に必要とされていたのは、機関銃で強固に防衛された敵塹壕に対する肉薄および突破であり、これに用いる銃器には兵士が携帯できるサイズ・重量であることやフルオート射撃能力が求められた。

    1917年に参戦した米軍でも、塹壕の突破を目的として軍用ショットガンや秘密兵器であるピダーセン・デバイスを量産・装備していた。また、同時期の米国ではジョン・ブローニングによってブローニングM1918自動小銃(BAR)の開発が進められていたほか、同時期にはドイツ帝国でも塹壕陣地の突破を任務とする突撃歩兵のためにMP18なる小型機関銃の開発が進められていた

    1918年、「塹壕箒」のアイデアに沿ったパースエーダー(Persuader, 「説得者」、「言うことを聞かせるもの」の意) と呼ばれる試作銃が設計された。設計にはセオドア・エイコフ(Theodore Eickhoff)やオスカー・ペイン(Oscar Payne)らも携わった。

    この試作銃はヨーロッパへ出荷するべくニューヨークに送られたものの、ニューヨークに到着した11月11日にはちょうど休戦協定が結ばれて世界大戦が終結していた。パースエーダーはベルト給弾式だったが、機関部が砂塵や泥汚れに弱いという欠点があった。そこで、これを箱型弾倉に改めたタイプが1919年に試作され、アナイアレーター(Annihilator, 「絶滅者」、「敵を打ち負かすもの」の意)と名付けられた。両製品は、ともにブリッシュ・ロック方式と呼ばれる遅延式ブローバック閉鎖機構を持ち、後のトミーガンの基本構成要素を備えていた。


    Wikipedia トンプソン・サブマシンガン


    第一次世界大戦後の禁酒法時代から第二次世界大戦にかけて有名なトンプソン・サブマシンガンですがその開発は第一次世界大戦から始まります。


    第一次世界大戦で開発され、塹壕戦において猛威を振るった機関銃ですが当時の機関銃と言えば重く、持ち運びは困難なものであり、防衛戦闘において有効ではありましたが敵塹壕への肉薄・突破においては不向きでした。
    makisimu
    機関銃を語るうえで必要不可欠なマキシム重機関銃。見ての通り持ち運べるような銃ではありません。

    当然そのような塹壕戦のためにアメリカにおいてはショットガンの投入や、既存ライフルの近距離戦用デバイス(ピターゼンデバイス)などが行われるに至りましたが、やはり携行できる小型の機関銃というものの需要が発生します。

    そうして1918年、ジョン・T・トンプソンが開発したのがパースエイダーです。
    Persuader

    ベルト給弾機構のこの銃はヨーロッパへ出荷…しようとしたところ第一次世界大戦が終結、日の目を見ることはありませんでした。

    そんなパースエイダーですがベルト給弾ゆえに砂塵や汚れなどに弱く、箱型弾倉へと改められます。
    それがアナイアレイターです。
    Annihilator
    この時点で内外共に後のトンプソンサブマシンガンの基本的要素を備えていました。

    そんな
    アナイアレイターが開発される1年前には第一次世界大戦は周旋しますがトンプソンはこの銃の製品化に着手します。

    M1919

    最初の『サブマシンガン』
    アナイアレーターが完成する前年に第一次世界大戦は終結していたが、トンプソンは念願の製品化に着手した。
    このモデルは後年M1919と呼ばれているが、発売時の製品名は単にトンプソン・サブマシンガン(Thompson submachine gun)とされており、小型機関銃という意味合いで造語されたサブマシンガン(Submachine gun)という言葉が初めて使用された製品である。この言葉は後に「拳銃弾を使用するフルオート火器」の総称として世界的に使用されるようになった。また、宣伝上の理由から「サブマシンガン」という馴染みのない新しい用語よりも大衆の興味を引く製品名が必要とされた為、トミーガン(Tommy Gun)という愛称が考案された。トミーガンという語は米特許商標庁にて商標として登録され、いくつかの銃への刻印にも使われた。製造は精密機器メーカーのWarner & Swasey社が担当した。民生用のスポーツ銃として再設計されたこともあり、軍や警察からの注文はごく僅かであった。
    M1919は.45ACP弾、.22LR弾、.32ACP弾、.38ACP弾、9x19mmパラベラム弾など各種の弾薬用に製造され、照星や銃床を持たないなど、デモンストレーション用/テスト用としての色彩が強い製品だった。トミーガンの特徴となった垂直フォアグリップは銃身下部に装着され、安定したフルオート射撃が可能だったが、発射速度は1,000発/分程度と高速だった。
    1920年初頭、政府によるトミーガンのテストが決定する。1920年4月27日にスプリングフィールド造兵廠にて実施された予備性能試験においては、2,000発の射撃中に動作不良は1度のみという好成績を残した。この数ヶ月後には海兵隊のクワンティコ海兵隊基地で試験が行われ、同様に好成績を残している。

    Wikipedia トンプソン・サブマシンガン

    M1919_Thompson
    M1919SMGはいくつかの試作モデルが作られ、そのうちの1つがのちのM1921へとつながる上写真のモデルです。


    ここで一つ余談ですが上記の通りSMG(Submachine Gun)は小型機関銃、の意です。
    対してドイツで開発され、後に多くの国のSMG開発に影響を与えたMP18のMPとは(Maschinen pistole)、つまり機関拳銃の意です。

    両者「拳銃弾を連発する制圧火器」というコンセプトは同じですが開発の元をたどると機関銃を小型化するか、拳銃を大型化するか、という差があるのがわかります。

    M1921
    M1921

    M1921はトミーガンとして最初に量産が行われたモデルである。銃身覆い(バレルジャケット)が廃止された点がM1919と比較した時の外見上の特徴で、以後のモデルはほとんどM1921のデザインを継承している。
    富裕層向けの高級玩具としての色彩が強い製品であり、木部は美しく仕上げられ、各部品は高精度な切削加工で製造されていた。弾倉は20発/30発箱形弾倉のほかに50発用ドラム弾倉が用意され、連射レートは800発/分程度まで落とされていた。
    1926年からは銃口部にカッツ・コンペンセイター(Cuts Compensator)と呼ばれるマズルブレーキの一種がオプションで装着できるようになり、フルオート射撃時のコントロールはより安定した。
    1921年当時の販売価格は20発箱型弾倉付きで$225(現在の価格に換算して$2,600程度)であり、製造はコルト社が担当し、15,000挺ほどが生産された。オート・オードナンス社が想定したよりも売れ行きは緩やかで、この時コルト社が製造したトミーガンの在庫は第二次世界大戦直前まで残されていた。ベルギーとイギリスでは軍用銃としてテストが行われたが、採用には至らなかった。陸軍および海兵隊ではM1921の性能試験が行われ、良好な結果を残していたものの、第一次世界大戦後の軍縮の中で制式採用は見送られることとなる。売れ行きは緩やかなものであったが、商業的には成功を収めた。

    Wikipedia トンプソン・サブマシンガン


    そうして量産、販売に至ったM1921ですがあまりの高額さゆえに当初は多数の在庫を抱え込むに至りました。(のちに数度の値下げをしますがそれでも高額でした。)

    軍、警察においても戦争終結後の軍縮傾向やそもそもSMGの戦術的価値を理解していない軍部には採用されず、分隊支援火器モデルとしてバイポッドなどを備え、強装弾薬を使用するM1923なども試作されましたが当時軍部はM1918BARに満足しており、採用には至りませんでした。

    M1923tommy

    また、販売当初は20連の箱型弾倉、50連のドラム型弾倉が用意されていました。
    30連の箱型弾倉の登場は1942年に入ってからのことになります。


    1926年頃からは特徴の一つである「カッツ・コンペンセイター」がオプションとして登場します。
    このコンペンセイタ―は非常に優秀で、かなりの反動制御効果があるそうです。
    kattu

    制式採用ではなかったものの、海兵隊では数百丁のM1921を購入してニカラグア方面での作戦に投入したほか、郵便強盗対策に従事する海兵隊員によっても使用された。海軍でも揚子江における哨戒任務などに従事する船舶の船員用火器として購入している。
    米国郵便公社の郵便監察局でも武装職員向けの装備として購入している。アメリカにおいて、郵便監察局はトミーガンを本格的に導入した最初の法執行機関である。トミーガンがギャングなどの間で普及して「犯罪者の武器」と認識され始めたのもこの時期である。連邦捜査局(FBI)や各地方の治安当局でも、こうした犯罪者に対抗するべくトミーガンの配備を進めた。
    当時のM1921は民間人(この中にはトミーガンを有名にしたマフィア達も含まれていた)を主な購入者としており、1934年に規制されるまで購入に何らの制約も無く通信販売でも購入できたため、バナナ戦争における交戦相手のサンディーノ軍(ニカラグア)も、海兵隊と同様にM1921を装備していた。
    Wikipedia トンプソン・サブマシンガン

    そんなトンプソン・サブマシンガンの知名度を上げたのは当初顧客として売り込んでいた軍、警察などの法執行機関とは真逆のギャング・マフィアなどの勢力でした。

    彼らはいち早くSMGの有用性に気づき、好んでトンプソンSMGを使用していました。
    そんなことからトンプソンSMGは「犯罪者の武器」として認知され始め、その独特な発射音から「シカゴ・タイプライター」といった愛称で呼ばれるようになりました。

    そうしてそれに対応すべく警察や連邦捜査局などでも運用が始まり…両者がトンプソンSMGで武装するに至りました。今じゃ考えられない泥沼ですね。

    のちにこのトンプソンSMGはアメリカにおける銃器規制を行う原因となります。

    1927年にはフルオート機能を廃したセミオートオンリーのM1927が発売。

    M1921と見た目の違いはほぼなく…というか抱え込んだM1921の在庫を改造してM1927としたためM1921の刻印である"Thompson Submachine Gun"を一部削り取り、"Thompson Semi-Automatic Carbine"と改めて打刻し直されています。

    警察などによって運用されましたが、フルオートに簡単に戻せてしまう構造だったため警察部内のM1927はほぼすべてがフルオート仕様だったそうです。

    また、このM1927と同時に100連ドラムマガジンが発売になりました。デカい。
    100round mag
    100連(左)と50連(右)。デカい。

    軍の採用
    M1928
    M1928

    1928年、アメリカ海軍ではトミーガンの採用を計画するにあたり、M1921に何点かの改良を加えるように求めた。これに従い、発射速度を600発/分以下まで抑え、水平フォアグリップとカッツ・コンペンセイターを標準的に取り付けたモデルが設計された。このモデルが海軍M1928(U.S. Navy, Model of 1928)として採用された。オート・オードナンス社では、合計して500丁(うち340丁は以前販売したM1921)のトミーガンを海軍および海兵隊に納入した。M1928はかつてコルト社が製造したM1921を改修する形で製造された。「M1921」の刻印の末尾の「1」は上から「8」と打ち直されており、発射速度が落とされ、水平フォアグリップとカッツ・コンペンセイターが取り付けられている点を除けば、市販されていた製品と同等のものだった。オート・オードナンス社のカタログには、ネイビー・モデル(Navy Model)の商品名で掲載されていた。
    一方、陸軍では依然としてトミーガンに強い関心を示していなかった。1920年代後半のアメリカ陸軍において、トミーガンは騎兵科の偵察車両や戦車の乗員向けに限定調達されているに過ぎなかった。当時、陸軍では騎兵・歩兵共用銃としての新型自動小銃(後のM1ガーランド)の開発が進められており、それを待たずにトミーガンを採用する必要性を認めていなかったのである。
    第二次世界大戦の勃発後、M1928はフランス軍・イギリス軍・スウェーデン軍に採用された。フランス軍は3,750挺のM1928と3,000万発の弾薬を発注した。イギリス軍ではコマンド部隊などがこれを使用した。
    M1928の納入価格は1939年頃で$209(現在の価格で$3,100程度・希少品となった現在では$20,000前後で取り引きされている)だったとされ、オート・オードナンス社の経営状態は好転した。

    Wikipedia トンプソン・サブマシンガン


    当然のことながらここまで使用されると軍部もSMGのその有用性に気づきました。

    ですが軍で使用するには発射速度が速すぎるためその発射速度を毎分800発から毎分600発まで抑える改造が施されました。

    上記の説明通りM1927と同様に以前製造したM1921の在庫を改造し作られたため、M1928はM1921と外見上の違いがほぼありません。


    なおイギリス軍で用いられ、イギリス兵(トミー)の銃、という愛称である「トミーガン」はここからきています。


    M1928A1

    M1928 USMC

    その後アメリカ軍部内ではトンプソンSMGは再評価され、正式装備としてM1928A1の名をつけられます。A1、とついていますが特に何が変わったわけでもなく名称のみの変更です。

    採用に当たっては100連ドラム型弾倉は嵩張るとして採用が見送られ、20連箱型弾倉、50連ドラム型弾倉のみが支給されました。

    このころになるとコルト社の製造したM1921の在庫が底をつき、サーベージ・アームズ社によるライセンス生産を開始します。そのため、戦時簡略化モデルとしてコンペンセイターのないモデルやリアサイトが簡略化されたモデルなどが存在します。
    アメリカ軍で採用されたほか、戦時援助(レンドリース法)の下、イギリスやソ連などの連合国に広く供給されました。
    その後、戦時簡略化モデルとしてトンプソンM1が採用されると1942年にはアメリカ軍の正式装備から除外されました。


    動画


    トンプソンSMGのトイガン
    トイガン化されているトンプソンサブマシンガンはM1ばかりでM1921やM1928は希少です。

    また、M1928として「M1のフレームにフィン付きバレルとフォアグリップをつけたキメラモデル」が販売されています。
    雰囲気を楽しむだけならこれで充分ですがM1928とM1のフレームはもはや別物と言っても過言ではない代物なので、気になる方は避けたほうがいいでしょう。

    あす楽対応/ARES トンプソン シカゴタイプChicago タイプ  電動ガン
    あす楽対応/ARES トンプソン シカゴタイプChicago タイプ  電動ガン

    ARES トンプソン Chicago タイプ 電動ガン用 ドラムマガジン サバゲー,サバイバルゲーム,ミリタリー
    ARES トンプソン Chicago タイプ 電動ガン用 ドラムマガジン サバゲー,サバイバルゲーム,ミリタリー
    ARES トンプソン M1A1 タイプ 電動ガン用 マガジン サバゲー,サバイバルゲーム,ミリタリー
    ARES トンプソン M1A1 タイプ 電動ガン用 マガジン サバゲー,サバイバルゲーム,ミリタリー

    CYMA電動ガン・トンプソンM1928シカゴタイプ ドラムマガジン
    CYMA電動ガン・トンプソンM1928シカゴタイプ ドラムマガジン
    こちらが俗にいう、「キメラモデル」です。M1921とM1が融合していますが雰囲気は十分で、何といっても価格もお手頃価格です。ただし、こちらは中国製品ですので要調整であることを念頭に置いておくべきです。






    また、「動かなくてもいい」という方にはこちら。稼働部品もほとんどない文鎮モデルですがインテリアとしてなら鉄と木の存在感は十分です。


    さて、いかがでしたでしょうか?今回はここまで、次回は戦時簡略化モデルであるM1について書いていこうと思います。本当なら一緒に書いてしまうつもりでしたが予想以上に長引いてしまったうえ、M1はいわば別物と言ってもいいモデルですので、分割とさせていただきます。







    m733

    前回は

    ということでメインのM16シリーズについて紹介させていただきましたが今回はそのカービン(短縮モデル)についてまとめてみました。
    M16のカービンモデル(CAR15)については早期にはベトナム戦争から完成形であるM4カービンに至るまで数多くのモデルが試作・運用されてきました。
    そんなCAR15の代表的なモデル、そしてそれらのトイガンを紹介!M4とは一味違ったスタイルで周囲と差をつけてみるのはいかかでしょうか?

    そもそもなぜカービンモデルを作るに至ったのか?

    CAR-15 カービン

    アーマライトよりAR-15の製造権を買い取ったコルト社は、1965年ごろより従来のAR-15 ライフル(モデル601/602、のちにアメリカ空軍がM16として採用)を中核としてバリエーション展開し、通常の歩兵用小銃に狙撃銃や分隊支援火器、カービンなどを加えて、CAR-15武器システムを構築することを計画した。これは、アーマライト社による体系をコルト社流に再構築するとともに、各種の小火器を同一の設計に基づいて統一することで、教育・訓練や補給を効率化する試みであった。このCAR-15武器システムの一環として、車両や航空機の搭乗員向けの自衛用火器、そして、特殊部隊向けの特殊用途火器として開発されたのが、CAR-15 カービンである。 
    コルト・コマンドー Wikipedia

    つまり、本来のフルサイズライフルでは長すぎる場面で用いられる特殊火器であったということ。世界大戦時のボルトアクションライフルなどでも騎兵などのために短縮モデルが作られた。
    …と考えてみると今現在アメリカ全軍に配備されているM4カービンは今でこそライフルの標準値のように扱われるが起源をたどると短縮モデルといういわば特殊モデルを全軍に配備していることがわかる。…あれ?それじゃ最初から全軍にカービン配備すりゃいいじゃん、なんで?
    と当然思うだろうがあくまでM4カービンは完成形。

    主要モデルの紹介とともにその理由を見てみる。

    GX5857(M607)/XM177
    M607 M609 M610


    上からそれぞれM607、XM177E1、XM177E2
    M16をそのまま短くしたようなM607は過去に東京マルイから「CAR15」の名前で発売されていた。CAR15はM16のカービンモデル全てを指す言葉だがCAR15と言えばこれ、という方も多いのではないだろうか
    CAR-15 コマンドー(XM177/GAU-5)

    CAR-15シリーズの開発当時、ベトナム戦争において、将校や車両・航空機乗員の自衛用火器、長距離偵察を行う特殊部隊向けの火力として、小型軽量のカービン銃の需要が非常に高く、これに適した火器の開発は急務であった。このことから、モデル607(GX5857)の試験運用で判明した問題点を改善したサブマシンガンとして開発されたのがモデル609(ボルト・フォワード・アシスト有)およびモデル610(ボルト・フォワード・アシスト無)で、モデル610はただちにXM177(陸軍)およびGAU-5/A(空軍)として仮採用された。また、1966年6月28日、陸軍は2,815丁のモデル609をXM177E1 サブマシンガンとして購入し、これらの引き渡しは1967年3月までに完了した。なおこのシリーズには刻印がないモデルがある。これは自らがどの国の兵士か判らなくするためである。

    上記モデルは順次実戦投入され、そこで10インチの銃身では曳光弾が十分に発火できず、夜間戦闘などで弾道が確認できないなどと言った問題が指摘された。改修モデルとして、やや銃身を伸ばして11.5インチとしたモデル629(ボルト・フォワード・アシスト有)およびモデル649(ボルト・フォワード・アシスト無)が開発された。これらは、銃身を延長したことによって前モデルより銃声とマズルフラッシュが軽減されたほか、XM148 グレネードランチャーやライフルグレネードの使用が可能となっている。1967年4月、陸軍は510丁のモデル629を南ベトナム軍事援助司令部特殊部隊(MACV-SOG)向けに購入してXM177E2として仮制式採用し、1967年9月までに引き渡しは完了した。また、空軍もこれに小改正を加えたものをGAU-5A/Aとして採用した。ただし、CAR-15 コマンドーは通常のM16よりも短い銃身と伸縮式銃床の採用に伴い、必然的に射程と精度は低下し、銃声やマズルフラッシュが大きいなどといった問題があった。この問題は、1970年に生産が終了するまで常に指摘され続けた。XM177シリーズは米陸軍全体で広く使用されたが制式採用はされなかった。
    コルト・コマンドー Wikipedia


    ベトナム戦争終結後、コルト社はCAR-15武器システムというコンセプトを放棄したが、カービン・モデルの開発は継続された。これらのカービンは、アメリカ軍の特殊部隊や法執行機関、海外の顧客で広く使用されたが、1994年にM4 カービンが採用されるまで、米軍に制式採用されなかった。 
    コルト・コマンドー Wikipedia

    つまり短銃身化は命中率低下やマズルフラッシュの露呈などの問題を引き起こした。そりゃ全軍配備とか無理だわ。
    sv car15


    ちなみに航空機パイロット向けの限界ギリギリ短縮ライフル、サバイバルカービンなんてものも試作された。いやこれちょっと無理があるでしょ…
    ベトナム戦争後のCAR15
    ベトナム戦争以降(XM177以降)におけるCAR15にはM16A1ベースのM65×シリーズ、M16A2ベースのモデル7xx/モデル9xxシリーズ、そしてM4シリーズがある。
    それこそかなりの数が存在するので著名なモデルのみ紹介しよう。
    M653
    M653

    XM177をM4と同じ14.5インチバレルにしたモデル。映画「プラトーン」ではXM177の代役を務めた。

    M727
    M727

    アラブ首長国連邦(UAE)からの発注によって作られたM16A2カービンモデル
    通称「アブダビ・カービン」

    特徴としてはM4カービンの14.5インチヘビーバレルが装着されている点。逆に言えばフレーム以外はもうほぼM4カービンと言ってもいい。
    映画「ブラックホーク・ダウン」においてデルタフォースが使用していたのが印象的。

    M733
    M733 car

    上記のM727とともに「ブラックホーク・ダウン」に登場していたM16A2のカービンモデル。11.5インチバレルを装備しているため非常に短いのが特徴。こじんてきにすき(小学生並みの感想)

    M4
    M4A1

    M16カービンの完成形。いやもう説明いらないでしょ

    これでも登場当初から見るとハンドガードがレールシステム(RIS)装備になったり、ストック形状が変更されたりしている。M4は3点バースト、特殊部隊向けに設計されたM4A1はフルオート。
    いや特殊部隊向けって…今はM4A1が全軍配備されており、既存のM4もA1と同様にフルオート射撃が行えるよう改修が行われている。
    みんなの大好きなカスタムベースなのでもはやモデル差については説明が不可能。

    CAR15シリーズのトイガン
    そんなCAR15シリーズ、M4を除いてもそれなりのメーカーから発売されている。正直M4との違いが判らないといわれてしまえばそこまでだがでもやはり他人とは一味違う、オールドスクールスタイルというのも悪くないように思う。

    電動ガン




    ガスブローバックガン



    エアーコッキング








    M16ファミリー

    ベトナム戦争より今現在に至るまで、アメリカ軍の正式採用中であるM16。最近ではその後輩たるM4の方が知名度が高く、「M4のスナイパーカスタムですか?」なんて言われる始末…

    そんなM16を今回は実銃の解説とともに、サバゲーで使えるトイガンを紹介!

    これがフルサイズライフルだ!

    M16の歴史

    AR-15の開発

    後にM16として結実する新型ライフルの開発は初め、ジェームズ・サリバンによるベンチャー事業として着手された。その後より大きな資本を得るため、サリバンはフェアチャイルド社と提携することとした。1954年、フェアチャイルド社の銃器開発部門としてアーマライトが設立され、サリバンが社長、チャールズ・ドーチェスターが工場長、そしてユージン・ストーナーが主任エンジニアを勤めた。

    1955年7.62mm口径AR-10が開発された。1950年代後半より、アメリカ軍では「小口径高速弾ライフル・プログラム」を開始しており、アーマライト社も、レミントン社と共同でこの計画で使用する弾薬の開発を行い、AR-10を小口径化した小銃が開発され、のちにAR-15となった。

    アメリカ軍での検討

    1957年5月、フォートベニングの歩兵学校で、小口径高速弾ライフルのデモンストレーションが行われた。このとき展示されたAR-15は、既存の.222レミントン弾をもとにした.222レミントン・スペシャル弾を使用していたが、この弾薬はのちに改良されて.223レミントン弾となった。

    このテストでは、アメリカ陸軍武器科FN FAL(T48)をもとに小口径化した改造小銃と、ウィンチェスター社が試作したライトライフルも対象となった。T48改は不合格とされ、ウィンチェスター・ライトライフルとAR-15はM14の後継小銃になりうると評価されたものの、1958年8月、歩兵兵器審議委員会は、いずれも更なる研究開発が必要と結論した。このため、ウィンチェスター社はトライアルの継続を断念した。

    1959年初頭、AR-15採用の可能性が検討され、スプリングフィールドM14の代替小銃として選定トライアルを継続するか、小口径小銃のトライアル自体を中断するか、7.62mm口径小銃の代替ではなく特殊用途の小銃として検討するかが議論された。5月には、陸軍戦闘開発実験センターより、「理論上、AR-15で武装した5~7名の小銃組は、M14で武装した11名の分隊よりも多くの目標に命中させることができる」との報告書が公表された。 
    M16自動小銃 Wikipedia

    このように小口径高初速弾を使った新型ライフルとして開発されたM16は軍に採用され、ベトナム戦争へ投入された。そしてそこで、現在M4カービンにおいても言われる汚れに対する弱さが露呈する。

    しかしそれは初めてM16を見た兵士が従来の銃とは違うプラスチックを用いた見た目に「これは未来の銃だからクリーニングの必要がない」といったデマが出回ってしまったことに起因する。

    ↑AR15とAKのテスト。泥が入り込み作動不良を起こすAKに対し気密性の高いARは機関部への泥の侵入を防いでいる

    つまりこれはM4にも言えることだがM16は泥臭い戦場では戦えない潔癖症のライフルだ、なんて言えない信頼性の高いライフルであるということを覚えておいてほしい。

    そんなM16も度重なる改良を重ね、現代の戦場に立ち続けている。
    M16
    AR15

    初期型のM16。厳密にいえば細かい違いでいくつかのモデルがあるのだが、チューリップタイプのハイダー・ストックはラバー製プレート・マガジンキャッチガードがないなど後のM16A1とも違った特徴を持つ。

    M16A1


    M16A1(1971)


    M16の改良型。フラッシュハイダーはハードゲージタイプに改められ、ストックにはクリーニングキットが収納できるように改良された。

    M16A2

    M16A2

    当時有効とされた運用思想(つまるところ流行り)によりフルオートは排除され射撃モードは3点バースト・セミオートのみとなっている。
    バレルは安定性の高いヘビーバレルに、小柄なアジア人でも扱えるよう小さめに設計されていたストックも1インチ延長され、グリップ・ストック形状も変更、リアサイトもより精密なものへと改められた。
    また、左利きの射手を考慮しエジェクションポート後部に薬莢排出された薬莢が顔に当たらないよう突起が設けられた。
    また、海軍向けにフルオートに改められたM16A3が存在する
    M16A4
    M16A4

    M4カービンにて成功を収めたピカティニーレールをM16シリーズにバックフィット。
    海兵隊専用装備のように見られがちだが陸軍においても採用・運用されている。

    各モデルのM16の画像

    AR15 in vietnam eary

    ベトナムにて初期型のAR15を手にする軍事顧問。横のラインにも補強の入ったマガジンが珍しい

    M16 in vietnam

    ベトナム戦争M16。 バレル下部にはXM148グレネードランチャーが取り付けられている。

    M16A2 mc

    イラク戦争の海兵隊。 2000年代に入ってもM16A2は最前線で運用されていた。
    M16A3 in navy

    M16A3。A2との外見上の違いはわからない。

    M16A4 mc


    海兵隊で運用されるM16A。レールにはACOGACOGサイトやPEQ夜間照準具がとりつけられている。

    M16のトイガン
    いうまでもなく様々なメーカーから発売されている。ただし海外製は調整を行うのが前提であるため注意が必要だ。

    M16の次世代電動ガンとか、ほしいなぁ…

    電動ガン














    ガスブローバックガン





    このページのトップヘ